ガマンの報酬
Vol. 108 4/2/04

  ゴウ先生が酒を断とうとしてもがいていることをINDECに通って来ている会員ならば、よくご存知のことであろう。しかし、やっとゴウ先生は吹っ切れた。330日を以って無期限の断酒に突入したのだ。以下はその顛末である。

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東京はアル中天国である。23区内であれば、3分も歩けばアルコール飲料を手に入れられるインフラが完備している。そのうえ、時は春。高田馬場駅周辺は酒精と反吐と怒声・嬌声の山となる。

酒を飲めない状況を嘆いていたゴウ先生には、酒をいくらでも飲める(と信じている)輩で満ち溢れているそこここの街角が恨めしくて仕方ない。

事実、酒を断つことがこれほど辛いとは思わなかった。酒に対して百薬の長という盲信を抱いていたからである。酒を適量飲むことが長生きにつながると信じていたからである。

しかし、ゴウ先生にはその適量が分からない。大都会東京において仕事をしながら酒を飲むということは、いかなる量であれ、物言わぬ肝臓に疲労を溜めこむだけなのかもしれないとさえ思う昨今であるからだ。

実際、酒によって命を縮めたと思われる日本の芸能人は枚挙に暇がない。

たとえば、萬屋錦之介。たとえば、石原裕次郎。たとえば、勝新太郎。たとえば、鶴田浩二。たとえば、松田優作。

酒の飲み過ぎで死んだとはっきり分かる有名人ならば、横山やすしがいる。この天才漫才師は煙草をまったく吸わなかったが(実際、煙草の煙を目の仇にしていた)、その酒量たるや尋常ではなかった。死因、アルコール性肝硬変。享年51。ああ、ナムサン。

痛風になり、脂肪肝であることが分かって、断酒と減量を言い渡されたゴウ先生は、横山やすしのようなハチャメチャな飲み方をしていたわけではなかった。ほんのり酔ったなと思える量を毎日摂っていて、休肝日を設けなかっただけだ。それでも42歳で肝臓が悲鳴を挙げた。

自分の適量もよく分からず、休肝日をきちんと定期的に摂れないゴウ先生にも、やり残したことが腐るほどある。死にたくない。病の床に伏せたくはない。松田優作にはなりたくない。

ここまで気持ちを整理するのに、225日に痛風の発作に襲われてからちょうど1ヶ月かかった。煙草を断つのには半年準備期間を置いたから、それから比べれば短くてすんだのは確かだが、あの甘美な誘いがゴウ先生に働きかけた。つらかった。断酒と飲酒を繰り返した。3月中に飲酒した日が11日。これまでからすれば、遥かに酒量は減ったが、飲んだことは事実だ。未練があった。

そして決めた。酒の代わりに人生を彩る手段を探し出した。

たとえば、煙草を断った当座は、映画館にお世話になったものだ。煙草を吸えない環境に身を置きながら、素晴らしい映画を楽しめるのだから、一石二鳥である。映画館通いのおかげで、いまでは煙草を吸いたくなることは滅多になくなった。人間、ご褒美がなければ、そうそう続け切れないものである。

そこでゴウ先生は、酒の代わりに高倉健さんと読書に一層溺れることを自分に許した。

ゴウ先生の戦略はこうだ。夜になれば、これまでの習慣として酒を飲みたくなる。そこで酒なしの夜の過ごし方さえ考えられれば問題は解決する。その手段に健さんの映画を使わせてもらい、いままで以上に読書に励もうというわけだ。

健さんが出演した映画は最新作の『ホタル』まで全部で202本ある。そのうちゴウ先生が見たのはわずか42本しかない。ちなみに過去にビデオ化された作品が、いまは絶版のものも含めて、120本。方々の名画座やレンタル・ビデオ屋をうまく使いながら見ていくと、いまならひょっとすると202本全部見ることができるかもしれない。

しかし急がなければならない。どの名画座の経営もピンチのままでいつ潰れるか分からない。しかも東映はいまのところVHSにビデオ化された映画をすべてDVD化する予定を示していない。健さんのファンが徐々に減っている中、それも仕方ない経営判断である。そしてレンタル・ビデオ屋のビデオの耐久年数にもそろそろ限度が来ている。しかも120本のうち90%がすでに廃盤なのだ。となれば、いま出回っているVHSソースを早めに押さえる必要がある。

こうした分析を冷静にすればするほど、矢も盾もたまらなくなった。田無周辺のレンタル・ビデオ屋に健さんの古い映画のビデオがないことはすでに分かっている。そこで高田馬場を探した。すると早稲田の方のリバティにまだ大量の健さんビデオが残っていることが明らかになった。しかも末尾が17の日には197円で借りられる!ウッシッシである。

3月には映画を31本(!)見たが、4月は最低40本見る覚悟でいる。若き日の健さんをシラフの脳味噌に刻み付けたいのである。酒を飲まなければ、惰眠に没することもない。眠らなければ、時間は潤沢にあるのだ。嬉しいではないか。楽しいではないか。

とはいえ、いくら好きな健さんでもそれだけでは飽きる。夜は長い。

そこで本だ。日露戦争だ。乃木希典だ。

思えばすぐに動くゴウ先生である。バカダ大学の入学式とぶつかりながらも昨日はたっぷり早稲田の古本屋で獲物を探した。新刊書ばかり買っていたのでは貧乏所帯のINDEC塾長は破産するのである。

昨日は20軒ほどの店を回って4冊の収穫を得た。そしてPANCのクラスの後、12時過ぎに家に帰って明け方5時まで本を読み、2冊を読破した。酒を飲まなければ、充実した夜が過ごせるのである。おかげで、乃木に対する考えがほぼまとまった。(いずれゴウ先生の乃木希典論を書くので、お楽しみに!)

ああ、酒のない生活の楽しさを20数年ぶりに手に入れたのである。負け惜しみでなく、一度きりの人生を享受できる態勢がやっと整ったのかもしれない。酒は好きだが、酒だけの人生は送りたくない。アルコール依存症からの脱皮がこういう形でできたのならば、天に感謝しなければならないのだ。

もちろん、かくなければならないと杓子定規に決め付けるのはゴウ先生の流儀ではないのは諸君の知るところだ。自由な選択肢の中から酒を飲まずに、健さんのビデオを追い求め、研究対象の書物を読み進めるだけである。

その選択肢の中には、北京オリンピックの金メダル奪取の目標もある。実際、今日からウエイト・トレーニングも再開した。泣いても一生、笑っても一生。ガマンの報酬を求めてどこが悪い!

体脂肪を減らすことで減量を果たして、尿酸値を下げ、肝機能を回復させ、この国のために自分にできる範囲でささやかながら貢献していく覚悟でいる。

ああ、健康になることを教えてくれた痛風に感謝である。困ったことは起こらない。ゴウ先生には明るい未来しか見えてこない。ノーテンキと笑わば、笑え。それがゴウ先生の生き方だ!よろしいか、諸君!

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